リグニン分解の代謝制御スイッチは TCA 回路にあった!
地球上で最も難分解性の不定形芳香族高分子であるリグニンを単独で無機化することができる唯一の生物が
担子菌である。リグニン分解機構として、担子菌が細胞外へ分泌する一電子酸化酵素、リグニンペルオキシダーゼ(LiP)およびマンガンペルオキシダーゼ(MnP)の働きによって、リグニンが低分子芳香族化合物へ断片化された後、細胞内へ取り込まれ、種々の芳香族化合物代謝酵素によって完全に分解されると考えられている。そこで、リグニンの生分解時に最も大量に見出されるリグニン分解フラグメントであるバニリンの添加により、細胞内タンパク質の発現挙動がどのように変化するか、比較プロテオミクスの技法を用いて追跡した。その結果、バニリン添加応答的に、いくつかのバニリン代謝に関与する酵素の発現が誘導されることが明らかとなった(図 1)。
さらに、バニリン添加によってバニリン代謝酵素だけでなく、解糖系、TCA 回路、ペントース リン酸回路をはじめ NAD(P)H および ATP 産生系が活性化することが示された。特に、NAD(P)H 産生系の活性化については、芳香族化合物の酸化分解を支える Redox バランスの観点から重要性が考えられた。また、担子菌は一般的な生物とは異なり、グルコースを炭素源として生育した場合においても isocitrate
lyase (ICL) 活性が非常に高く、グリオキシル酸 (GLOX) 回路を活性化していることが知られており、プロテオーム解析でも確認された。
しかしながら、バニリン添加によって、citrate synthase (CIT)、aconitase (ACO)、isocitrate dehydrogenase (IDH)、2-oxoglutarate dehydrogenase (ODH) が活性化することが明らかとなり(図1)、担子菌はバニリン添加によって、short-cut TCA pathway から一般的な TCA 回路へシフトすることが示された (図 2)。この結果、TCA 回路においては、succinyl-CoA 産生量が増加し、ヘム合成において律速酵素である 5-aminolevulinate synthase (ALAS) および他のヘム合成酵素の発現量も増加したことから、ヘム合成が活性化していることが示された(図2)。細胞外においてもバニリン添加により、リグニン分解酵素である MnP の発現誘導が確認された。ヘム合成の活性化は、ヘムタンパク質であるMnPへのヘムの供給と密接に関連することが考えられた。これらのことから、バニリン添加により生じた TCA 回路内での Metabolic Flux の変化(図 2)は、担子菌のリグニン分解機構を支える生物機能であることが強く示唆された。
今回の成果の一部は以下の論文として公表済。
Shimizu, M., Yuda, N., Nakamura, T., Tanaka, H, Wariishi, H. Proteomics, 5, 3919-3931 (2005).
コメント
バイオ燃料原料のソフトバイオマスからハードバイオマスへの転換にリグニンの処理は大変大きな問題であり、我が国独自のエネルギー生産系の確立に向けた技術開発の新たな出発点になればと思っている。
安全・安価なリグニンの除去技術の開発とともにリグニン由来の化成品原料の供給につながる研究にも展開したい。基礎研究と実用化研究の橋渡しこそ、当センターのミッションである。
産学連携:NEDO バイオプロセス実用化開発事業
リグニン分解酵素(芳香環を直接攻撃する酵素)を用いた化成品(電子材料原料)の合成に成功した。バイオプロセスによる生産におけるエネルギー削減効果は大変大きなものであった。また、原油価格の高騰に伴い、現状の化学プロセスに匹敵する価格での製品提供も可能である。この実績もリグニンの処理・利用につなげていきたい。
特任助手・志水元亨(研究紹介) / 割石博之